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万福寺のあゆみ  
万福寺の歴史と民俗

  屋号と家紋の由来

屋号の成立
 

屋号は「イエナ」、「カドナ」ともいわれ、それぞれの屋敷につけられた呼び名である。
同じ苗字の多い村では日常の生活において、お互いの住居を呼び分けるためにも屋号は必要とされた。屋号は自然発生的に成立したものが多いのだろうが、遠い昔から祖先が伝え残したものとして、意義深い味わいをもつ。屋号には様々なものがあり、地域によっても特色が見られ、その由来も一概には種分けできないが、一般的には大体つぎのように分類できる。
●〈先祖の名前に由来するもの〉その家の家系や血統の初代、もしくはある時代の家の主人の名を屋号としたもの。
●〈地形に由来するもの〉地形や位置によるものは屋号全体の約半数を占めるほど多くみられる。多摩丘陵地帯に属する地形から、谷戸やとを表すもの、原や大地を表すもの、地形の上、下を表すもの、山を表すもの等がある。
●〈位置に由来するもの〉位置によるものとしては、東西南北を表すもの、場所の上、中、下を表すもの、入口や奥を表すもの、川の傍を表すもの、向かい、隣、前後を表すもの、神社仏閣等との位置関係を示すものがある。
●〈地名に由来するもの〉明治以前はまだ地番による表示がなかったので、谷戸や原や台、目印となる建造物の前後などにより、細かく名前をつけて区別していた。万福寺地区においても、地名を屋号にしているのが多く見られる。例を挙げれば、「追分」、「笹合」、「矢崎」などがある。
●〈屋敷の特徴によるもの〉それぞれ個別の屋敷の特徴が屋号となるもので、一般的に種分けするのは難しい。例えば長屋門のあることから、「長屋」、「永屋」、屋敷にある畑の形から「長畠」、蔵があることから「蔵屋敷」、屋敷の腰廻りに土手をめぐらせていることから「腰巻」などである。
●〈職業によるもの〉江戸時代には現金収入を得るため農業のかたわら、あるいは農閑期を利用して、農閑余業といわれた様々な仕事に携わった。それらの職業は質屋、屋根屋、佐官屋、紺屋、桶屋、鍛冶屋、縁日商などで、職業の名称がそのまま屋号となっている。このほかに、衣に関するもの(古着屋・撚り屋・呉服屋・綿屋・糸屋)、食に関するもの(うどん屋、酒屋・豆腐屋・糀屋・クルマ(水車)屋号は「イエナ」、「カドナ」ともいわれ、それぞれの屋敷につけられた呼び名である。同じ苗字の多い村では日常の生活において、お互いの住居を呼び分けるためにも屋号は必要とされた。屋号は自然発生的に成立したものが多いのだろうが、遠い昔から祖先が伝え残したものとして、意義深い味わいをもつ。屋号には様々なものがあり、地域によっても特色が見られ、その由来も一概には種分けできないが、一般的には大体つぎのように分類できる。
●〈先祖の名前に由来するもの〉その家の家系や血統の初代、もしくはある時代の家の主人の名を屋号としたもの。
●〈地形に由来するもの〉地形や位置によるものは屋号全体の約半数を占めるほど多くみられる。多摩丘陵地帯に属する地形から、谷戸やとを表すもの、原や大地を表すもの、地形の上、下を表すもの、山を表すもの等がある。
●〈位置に由来するもの〉位置によるものとしては、東西南北を表すもの、場所の上、中、下を表すもの、入口や奥を表すもの、川の傍を表すもの、向かい、隣、前後を表すもの、神社仏閣等との位置関係を示すものがある。
●〈地名に由来するもの〉明治以前はまだ地番による表示がなかったので、谷戸や原や台、目印となる建造物の前後などにより、細かく名前をつけて区別していた。万福寺地区においても、地名を屋号にしているのが多く見られる。例を挙げれば、「追分」、「笹合」、「矢崎」などがある。
●〈屋敷の特徴によるもの〉それぞれ個別の屋敷の特徴が屋号となるもので、一般的に種分けするのは難しい。例えば長屋門のあることから、「長屋」、「永屋」、屋敷にある畑の形から「長畠」、蔵があることから「蔵屋敷」、屋敷の腰廻りに土手をめぐらせていることから「腰巻」などである。
●〈職業によるもの〉江戸時代には現金収入を得るため農業のかたわら、あるいは農閑期を利用して、農閑余業といわれた様々な仕事に携わった。それらの職業は質屋、屋根屋、佐官屋、紺屋、桶屋、鍛冶屋、縁日商などで、職業の名称がそのまま屋号となっている。
このほかに、衣に関するもの(古着屋・撚り屋・呉服屋・綿屋・糸屋)、食に関するもの(うどん屋、酒屋・豆腐屋・糀屋・クルマ(水車)屋・箸屋・付木屋・菓子屋・せんべい屋・そうめん屋・餅屋・醤油屋)、住に関するもの(炭屋・屋根屋・篭屋・桶屋・大工・箱屋・傘屋・鍛冶屋・筆屋・畳屋)、その他(小間物屋・提灯屋・屋・箸屋・付木屋・菓子屋・せんべい屋・そうめん屋・餅屋・醤油屋)、住に関するもの(炭屋・屋根屋・篭屋・桶屋・大工・箱屋・傘屋・鍛冶屋・筆屋・畳屋)、その他(小間物屋・提灯屋・棒屋・とこば(床屋・髪結い)等)などがある。
●〈その他〉屋号の成立上、前述してきたいずれに分類できるか、または由来のよくわからないものもいくつかある。


家紋について
 

家々がその標(しるし)として付ける一定した紋所、紋章、定紋が家紋である。
家紋の起源は大昔に洞穴に彫刻したり、衣類に織り込んだり、それぞれの用具に付けたりした簡単な標が始まりで、その後さまざまな模様に発展していったと考えられている。
平安時代の貴族は自家用の牛車に紋所を描いて家柄を誇示し、武家の時代には実戦の軍旗や陣幕に紋所を染め抜いて戦力を誇示、士気を鼓舞した。
江戸時代に入ると、一般庶民も武家にならって家紋を使いだした。例えば夜間の外出に使う提灯には家紋が描かれて、どこの家かがわかったし、慶弔の際に着用する羽織や袴、あるいは土蔵や墓石などにも家紋を付けるようになった。
家紋の文様の由来には次のようなものがある。
●縁起のよいものということで、菊、桐、梅、鶴、亀などを使用したもの。
●それぞれの家の先祖にまつわるもので、その功績を顕彰したものや、発祥地に関する文物をなぞらえたもの。
●武を重んじたもので、刀剣や弓矢などの武具と、木瓜(もっこう)、酢漿(かたばみ)、柏などの植物を組み合せたもの。
●信仰に由来するもので、神木(梛)、神紋(亀甲・鷹の羽・梅鉢)等を使用したもの。


万福寺地区の屋号と家紋
 

万福寺地区の屋号については、今も薬師様、弁天様、笹合稲荷などはそのまま、「ドオノリ」「ベンテエメエ」「ササゴ」等の屋号で呼ばれている。主にその地形や場所に由来する屋号が多く、職業によるものは少ない。
万福寺地区では、鈴木姓、中島姓、才澤姓が多く、家紋も「下り藤」「丸に抱き柊」「左万字」が多くみられる。


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